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三十年余の歳月を費やし

アンコール・ワットは、カンボジアにあるアンコール遺跡の一つで、遺跡群を代表する寺院建築です。サンスクリット語でアンコールは王都、クメール語でワットは寺院を意味しています。大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられ、カンボジア国旗の中央にも同国の象徴として描かれています。12世紀前半、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によって、ヒンドゥー教寺院として三十年余の歳月を費やし建立されました。

1431年頃にアンコールが放棄されプノンペンに王都が遷ると、一時は忘れ去られてしまったそうですが、また再発見され、アンチェン1世は1546年から1564年の間に未完成であった第一回廊北面とその付近に彫刻を施したと言われています。孫のソタ−王は仏教寺院へと改修し、本堂に安置されていたヴィシュヌ神を四体の仏像に置き換えたのだとか。

中央祠堂とはポルトガル人のアントニオ・ダ・マグダレーナが西欧人として初めて参拝し、伽藍に対する賛辞を残しています。日本人の森本右近太夫一房が参拝した際に壁面へ残した墨書には、「御堂を志し数千里の海上を渡り」「ここに仏四体を奉るものなり」とあり、日本にもこの仏教寺院は知られていた事が伺えます。

中央には楼閣が

寺院を訪れたフランス人のアンリ・ムーオの紹介によって西欧と世界に広く知らされたのだそうです。アンコール日本の巡礼者によって作らンボジアが仏領インドシナとされ、シャムからアンコール付近の領土を奪回すると、フランス極東学院が寺院の保存修復を行いました。カンボジア内戦によって極東学院はカンボジアを離れ、寺院はクメール・ルージュによって破壊されてしまいます。

この時に多くの奉納仏は首を撥ねられ砕かれ、敷石にされたという恐ろしいことがあります。法人設立届出クメール・ルージュが政権を追われると、彼らはこの地に落ち延びて来ました。アンコール・ワットは純粋に宗教施設でありながら、その造りは城郭と言って良く、陣地を置くには最適でした。周囲を堀と城壁に囲まれ、中央には楼閣があって周りを見下ろすことが出来ます。

カンボジアにとって最大の文化遺産であるから、攻める側も重火器を使用するのは躊躇います。当時置かれた砲台の跡が最近まで確認でき、今では修復されています。遺跡自身には災いした。クメール・ルージュは共産主義勢力であり、祠堂の各所に置かれた仏像がさらなる破壊を受けたのだとか。内戦で受けた弾痕も、修復されつつあるが一部にはまだ残っているそうです。